◆あの国境もなくなる

 土曜の朝、EUにノーベル平和賞を与えるという、ちょっと虚を衝かれるような記事を読んだ。

 そんなこと、想像力があってもたぶん想像できなかったのではないかと思った。

 例によって、ノーベル賞の政治的利用だとか何とか各方面から批判が集まると思うが、私は素直にエールを送りたい。
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 世界中のほとんどすべての場所と同じく、長年の間ヨーロッパでは戦争や殺戮が繰り返されてきた。
 いや、おそらくは量的にも質的にももっともひどくそれらが行われた場所のひとつと言って間違いないだろう。

 さまざまな問題を抱えているとはいえ、EUはその殺し合いに終止符を打つために発展してきて、大きな役割を果たし続けている。

 今回の平和賞は、2009年のオバマ大統領への授賞にも似て、これからの働きへの大きな期待が込められているのだろう。
 その後のオバマ氏の活躍は残念ながら今のところ限られたものでしかないが、EUにはさらに偉大な躍進を続けていってほしいと切望する。
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 1990年代の10年ほどの間にいくつもの悲惨な戦争を経験したユーゴスラビア

 その中でひとりスロベニアだけがごく短い局地的な戦争にしか見舞われず、戦後はいち早くEUに加盟して、今や国境の行き来が自由になり通貨もユーロになっている。

 この夏の旧東ヨーロッパ旅行の陸路で、唯一国境らしい国境があったのはスロベニアとクロアチアの間だけだと以前書いた。
 もともとは同じ国だったのに、今ではその国境の壁が一番高くなってしまっている。

 そのクロアチアが来年EUに加盟することも、ノーベル賞の記事で知った。

 おそらくは引き続いてシェンゲン条約にも加盟し、あの国境も早晩なくなることだろう。

 もはや国境越えに旅人のロマンを感じる時代ではない。そんなものが実質的になくなってしまうことを慶賀すべき時代なのだ。

 もちろん、個人的には旅人のロマンがなくなることを少しは寂しく思う。だがそんなもの、自由に行き来できるという別のロマンに比べればまったく取るに足りない。

 たった20数年前、越えようとするだけで射殺される国境がヨーロッパにはいくつもあった。
 それがもはやひとつもなく、ほとんどにおいてパスポートすらいらない自由な往来が許されている。

 繰り返す。

 想像も及ばなかったEUのノーベル賞受賞には虚を衝かれた。おそらくは、批判も多く集まるだろう。
 だが私は、素直にエールを送りたい。