●今回は「想定外」かもしれないが・・・

 旅行中でほとんど報道に接していなかったし、帰ってからもテレビは一切見ていないのだが、ジャーマンウィングズ機(エアバスA320型)がフランスアルプスに墜落したニュースはネットで知り、帰宅後新聞は読んだ。

 原因がわかった上で時系列に記事を読んでいくという倒叙推理のような珍しい読み方になり、ボイスレコーダーが解析されるまでの推測はことごとく外れているのを興味深く辿ることになった。

 だが、まさかこんな原因だとは、予測せよという方が無理だから、そこはまあ、嫌いな言葉だけれど、「想定外」としても仕方ないかもしれない。

 しかしながら、当然「想定内」としておかねばならない陥穽がそこに潜んでいることに自覚的ではない国や航空会社があることには落胆した。

 アメリカでは、航空機の種類によってはコックピットに常時2名以上の乗務員がいなければならないことを連邦法で定めている。
 なのに、ドイツもスペインも、それにオーストリアノルウェーも、アイスランドも日本も!、その規則を定めていなかったというのだ(『朝日新聞』)。
 そのうち、ドイツとオーストリアでは、今回の事件を受けて常時2人制を導入することに決めたという。対応が素早いのはさすがだ。

 面白いのは、何かと話題のスカイマーク(日本の格安航空会社)が「以前から「常時2人」態勢をとっている」(同)ということだ。偉いぞ。

 日本航空は、「対策が必要かどうかは今後判断する」(同)と悠長なことを言っている。統合失調症を患っていた機長が羽田沖に飛行機を墜落させた経験(1982年)を持つ航空会社の対応だとはとても思えない。
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 いや、ただ、私が上記で「「想定内」としておかねばならない」といったのは、機長や副操縦士が精神的問題を抱えていて機を墜落させる可能性のことではない。
 それも考えなければならないのかもしれないが、それよりはむしろ、操縦士がコックピットに一人になったときに、失神したり死亡したりする可能性のことだ。

 報道されているとおり、2001年9月11日の同時多発テロを受けて、コックピットへの立ち入りが厳しく制限されるとともに、テロリストが客室からコックピットへ入ろうとしても入れないような対策が施された。
 現在のドアは銃弾すら通さないというし、今回の悲劇的事件が実際にそうであったように、機長でさえ外からドアを開ける手段を持たない。

 だとすると、別に自殺願望や悪意がなくても、一人操縦室に残った操縦士が何らかの事情で失神したり死亡したりすれば、飛行機は墜落する以外に道がなくなってしまう。
 「客室乗務員が2人目としてコックピットにいても、できることは限られている」というようなバカなことを言う「専門家」もいたようだが、コックピットのドアを開けることさえできれば(スイッチを捻るだけだ)、最悪の事態は容易に回避されるのである。

 一方の操縦士がトイレに立った間に、残った操縦士が失神したり死亡したりする可能性はあるか?
 限りなく低いだろう。
 しかしながら、毎日毎日何万機という飛行機が世界中の空を飛んでいるのが日常なのだから、いつか必ず、どこかでは起こる。
 その時に、ドアが外から開かなければ、墜落は免れない。その結果は、数十人から数百人の死であり、地上に人的被害が出る可能性もある。

 そんな悲劇を回避するためには、客室乗務員を1人、トイレに行った操縦士の代わりに待機させておくだけでいい。仕事は、万一の時にコックピットのドアを開けることだけだ。何も難しいことはない。

 そんな重要かつ単純なことが法制化・規則化されていない国や航空会社があるなんて、にわかには信じられない。まして、「対策が必要かどうかは今後判断する」(日本航空)とか「今後の対応も決まっていない」(バニラエア)とか・・・
 どうして今までに想定して判断していなかったのだろうか。

 「想定外」という言葉は、ほんとうにもう聞き飽きた。