■疾走するバキュームカー

 ワインディングロードを車で走るのは遅い方ではない。特に一人で乗っているときはそうだ。
 自分より速そうな車が後ろから来ると必ず譲るのだが、たとえば今回の信州旅行でそういう機会は一度しかなかった。
 (バイクの場合はぜんぜん違う。平均的バイク乗りより明らかに遅く、しょっちゅう道を譲っている。)

 その一度について。

 岐阜・長野県境の安房トンネルを抜け、上高地口を過ぎて松本へ向かっていた。交通量はほとんどない。どこから現れたのか、前をバキュームカーのような白い小型トラック(以下バキュームカー)が走っている。

 これが速い。

 がんばってついていこうとするのだが、かなり真剣にならないと無理だ。必死の一歩手前くらいで、なんとか付かず離れずついていく。
 バキュームカーは、カーブの続く山道を、ものすごく小刻みにピッチングしながら、時にはダダダダダダンッみたいな音をたてて疾走していく。よくもまあ、こんな速度であんなに揺れながら・・・

 そんな感じで十数分くらい走っただろうか、路肩が広くなっているところがあって、そのバキュームカーが道を譲ってくれた。
 振る舞いとしては正しいと思う。私だって、こういう道で付かず離れずついてくる車がいれば必ず道を譲る。前の車についていけるということは、ふつうはまだ余裕をもって走っているということを意味するからだ。

 だが、私にはもちろん、余裕などなかった。「かろうじてちょうどついていける」という速度だった。
 「うわあ、譲られても・・・」というのが正直な感想だ。どうしようかと迷ったが、相手はそこで休憩でもするつもりかもしれないし、とりあえずは厚意を受けることにした。

 私が前に出ると、バキュームカーはそのままついてくる。しかし、私はもうさっきまでの速度では走れない。前を切り開いていってくれる車がいるからついていけたのだ。先頭を安全に走ろうとすると、がくんとスピードが落ちてしまう。相手は「付かず離れず」ではなく、むしろ私を煽り気味だ。

 結局、ものの1〜2分で今度は私が譲ることにした。
 バキュームカーは、水を得たトドのようにあっさりと私を抜き去っていった。そして今度は、もう私が追いつけないスピードで徐々に遠ざかっていってしまった・・・

 FFとはいえ軽量のスポーツセダンに乗っている私が、バキュームカーについていくことすらできないのである。
 車の性能差には、ものすごいものがあるはずだ。それをひっくり返したのは何か。
 道、というか、(たぶん)すべてのカーブを熟知していることは大きいだろう。だがそれでも、あの車であのスピードで走れるものなのか・・・

 まあ、速いといっても「ほんとうに」速いわけではない。しょせんは、公道上の狭いワインディングのことである。あの程度の速度域でどれだけ速く走れるかを決めるのは、結局のところ「度胸」なのではないかと思った。私にはとてもあんな速度で走る度胸はない。

 そういえば去年だったか、家族で四国に行ったときに、びっくりするくらい速い軽トラックに道を譲ったことがあった。ついていく気なんか起きないくらいあっという間に遠ざかっていった。
 あの時も、「あんな車でよくもまあ、あの速度で走る度胸があるよなあ」と思ったものだ。

 いやでもまさか、度胸ではなくてウデなのか・・・ そう思いたくはないけれど。