◆よき隣人

 行きの関空→ドバイ便はがらがらだった。事前に、最後尾の2人がけ窓際を押さえていたものの、関空でもっと前の3人がけを係員から勧められ、「3席分、お一人でお使いになれますよ」という言葉がそのまま実現した。

 帰りのドバイ→関空便も同様の空き具合を想定していたのだが、早く乗り込んで待っていると、座席がどんどん埋まってくる。
 同じように、最後尾の2人がけ窓際に座っていた。こんな席の通路側(すぐ右後ろはトイレとギャレーだ)に好きこのんで乗ってくる人はまずいない。ぎりぎりで隣に誰もいない状態を確保できるかとどきどきしていたところ、ものすごく太った厚かましそうなおばさんが、私の席の番号を唱えながら一生懸命自分の席を探していて、一時は「もはやこれまで」と観念した。だが、結局、どこかへ行ってしまった。おそらくは、真ん中の4席か、向こう側の2席だったのだろう。

 その後、華奢な感じの若い女の子が、私の席の番号と「C」とを唱えながら席を探しにきた。このあたりは2列席なので、C席は存在しない。不思議に思っていると、チケットの別の場所に書かれた「C」を座席と勘違いしていたみたいで、実際はB席だった。つまり、私の隣だ。

 座る前に「よろしくお願いします」と元気に挨拶される。
 飛行機に乗っていて隣に座る人からそんな挨拶をされたのは初めてである。少々驚いたものの、気分が悪かろうはずはない。隣に人が来ることがわかってがっかりはしたものの、体が大きくなくて厚かましくない人なら幸いだ。この娘は両方の条件をクリアしている。

 機長のアナウンスによると、滑走路が1本で運用されているということで、なかなか離陸の順番にならない。今地図を見ると並行滑走路が2本あるようだが、それだってどうかと思う。あれだけの繁栄と滑走路の数が見合っていない。成田や関空でさえ2本あるし、ロサンゼルスなんかだと長いのが4本だ。羽田も長短合わせて4本ある。

 結局、1時間遅れで離陸するまでの間、初めての海外旅行で撮ったという写真を私に見せながら、いろいろと話を聞かせてくれた。もちろん、それはそれで楽しかったが、まさかフライト中もずっとこんな調子ではないだろうなと一抹の不安がよぎったのも事実である。だが、そんな不安は当然ながら的中せず、(私もわりと寝ていたのでよくわからないのだが)静かに音楽を聴いているか、ぐっすり寝ている(彼女の語でいうと「爆睡」)かのどちらかで、食事の前後なんかに少し会話を交わす程度であった。
 一度彼女が後方のトイレに立ったので、それにあわせて私も前方のトイレまで行った。戻ると、彼女が席に座らずに待っていて、私が戻るとペコリと頭を下げた。当たり前のようだが、気の利いた行動である。これまで、窓側の自分が気を遣って、通路側の人に合わせてトイレに立っても、戻ってくるともう通路側の人が席に着いているということがよくあった。お互い気も遣うし、座ったり立ったり大変だと思うのだが、この彼女のように行動した他人に会った記憶がない。

 体も大きくないし、厚かましくない。ミラノ→ドバイ便で隣に座ったイタリア人のように、両方の肘かけにどかっと肘を乗せ、こちらの席にまではみ出してくるようなことはもちろんなく、肘かけは常に空いている。
 私もがんばってよき隣人になろうと努めていたつもりだが、向こうはどう思っていたかわからない。だが、わたしにとっては、ほとんど理想的なよき隣人であった。
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 その節はありがとうございました。お蔭様で長い長いフライトがほとんど苦痛ではありませんでした。お仕事大変でしょうが、気楽に楽しんでください。また楽しく海外に行けるといいですね。