■火星の質量 または 共同幻想

 みなさんは、火星の質量(重さ)がいくらかご存じでしょうか。

 いや、私も、何トンとか言われると、まったく見当もつきません。

 でもたとえば、地球の質量と比較して、と言われると・・・
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 センター試験の理科総合Bの問題を眺めていて、どうにも妙な問題にぶち当たった。

 太陽から各惑星までの距離を横軸に取り、縦軸に「何か」を取って、各惑星の座標をプロットしている図がある。
 いずれも地球を1とした対数目盛になっているが、対数なんかわからなくても、常識的にみればわかるような図になっている。

 問題は、「縦軸は何を表しているか」というもので、違う図が2つあるので、2問ある。

 センター試験のこととて、選択肢が並んでいて、太陽に近い方から「水金地火木土天海」(可哀相に、冥王星はもはや仲間はずれだ)さえ知っていれば、特に計算なんかしなくても答えはすぐわかる。

 ほとんどの選択肢が、あほらしくなるぐらい見当外れだからだ。

 右側の図の縦軸は、密度を表している。

 問題は左側の方だ。
 選択肢から選ぶと質量しか考えられないのだが、火星だけがどうにも矛盾する。

 小さな図なので正確なところは分からないのだが、要するに火星の質量は地球の 1/10 ぐらいらしいのである。

 みなさんの火星のイメージはどうですか? 質量は地球の 1/10 でしょうか。

 先ほどの右側の図で密度を見てみると、火星は地球の 9/10 ぐらいに見える。
 だとすると、あとは大きさだ。
 私のイメージでは、火星の大きさは地球とあまり変わらないので、もしそうだとすると、質量も 9/10 ということになる。少し小さいとしても、せいぜい 7/10 ぐらいで、とても 1/10 というイメージはない。

 だが、他の選択肢と図をいくら眺めても、答えは絶対に!「質量」しかなく、だとすると火星は地球の 1/10 ということになってしまうのだ。

 3回以上確認して、私はものすごい仮説を思いついた。

 これは出題ミスなのだ! あろうことか、センター試験で!

 いや、もちろん私が勘違いしているのだろうことはわかる。そちらの方がよほど可能性が高い。

 いったい、何を見落としたり間違ったりしてるんだろう・・・

 それとも、火星の質量はほんとうに地球の 1/10 なのだろうか・・・
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 あまりに疑問が大きく、ちょうどタイミングのいい瞬間があったので、聡明な方々数人がいるところで伺ってみた。
 一同だれも、「それぐらいのもんですよ」とはおっしゃらない。皆さん私と同じく、「地球とあまり変わらない」というイメージをお持ちのようだ。

 一人だけ、理科の先生がいらっしゃったのだが、その方は明確に、「1/10ということはないでしょう。あまり変わらないと思いますよ」とおっしゃる。

 「だとすると出題ミスになるのですが、まさかねぇ。何か私がとんでもない勘違いをしているんでしょうか」というところに落ち着かざるを得ない。
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 長くなった。

 家に帰ってさっそく息子にこの話をすると(なんで帰る前に iPhone で検索してみなかったんだろう?)、昔の『○年の科学』(学研)を引っ張り出してきて見せてくれた。

 (余談になるが、息子の『○年の科学』検索能力は天才的である。索引がすべて頭の中に入っているんじゃないかと思うくらいだ。あれでどうして東大とかに(ぜんぜんまったく)行けないのだろう。)

 それによると、火星の質量は地球を400とすると50だと書いてある。1/8 だ。半径だってほとんど半分じゃないか。

 半径が半分なら、そりゃ体積は3乗だから 1/8 になる。密度が少し低いとすれば質量は 1/10 だっておかしくない。
 Google で調べてみると、1/9.3 あたりがまあ正しい数字らしい。つまりは、対数目盛の図から読み取った 1/10 は間違っていないのである。
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 もちろん出題ミスなんかではなく、私の勘違いですらなかった。

 間違っていたのは、私(たち)の火星のイメージなのだ。

 でもどうして、愚かな私だけでなく、聡明な方々までもが揃いも揃って、「火星の大きさは地球とあまり変わらない」と信じ込んでいるんだろう。理科の先生まで・・・
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 私たちはこの世界を(宇宙を!)勝手にイメージしてその幻想の世界に住んでいる。
 そのことを改めて思い知った。

 ただ、その幻想世界は、ひとりひとりばらばらのはずなのだ。
 どうして、火星の大きさについての共同幻想が、私たちの間に広がっているんだろう?