★Over the Pacific vol. 2 ベジタリアンたちの不幸

 午後2時近くなってお腹が空いてきたころ、やっと水平飛行になって、まず飲み物が配られた。珍しくミルクを注文する。そんな人は滅多にいないようで、「ミルクってそっち側にはあるの?」という感じで向かいの相方に尋ねている。幸いあったようで、Reduced Fat Milk のパックを受け取る。
 そういえば、今朝のホテルの朝食には、Reduced Fat と No Fat の Milk しか置いていなかった。シリコンバレーのホテルでも同じだったように記憶している。自動的に低脂肪や無脂肪の牛乳が供給される国において、どうしてみんなあんなに太ることができるんだろうと、ちょっと不思議になった。

 牛乳を飲んでいると、後ろからすごくいい匂いがしてきた。一番後ろに座っているので、壁一枚隔てた後方はギャレーなのだ。チキンがまとったパン粉が香ばしく焼ける匂いに、トマトソースの香りも混じる。もう一つの選択肢が何なのかはわからないが、これはもうチキンにしようとそう思っていた。

 一番後ろなので、いったん前方まで行ってしまったカートはなかなか戻って来ない。まあ、最後になるのが普通だろう。そう思っていると、右斜め後ろから不意打ちを食らった。ギャレーから直接配ろうということらしい。

 Chiken or Vegetable Sukiyaki ?

 予想もしない言葉に、咄嗟に Sukiyaki ? と思いっきり上がり調子のイントネーションで尋ねる。

 野菜のすき焼き? 何だよそれ?

 ところが、次の瞬間にはもう、トレーが目の前にもたらされた。一瞬、断ろうかとも思ったが、短いとはいえ海外にいた身として、すき焼きという言葉にはけっこうインパクトがあり、あの味ならまあ食べてみてもいいかなと思ってそのままにする。
 もう出してくれているものを断るのも悪いし・・・という弱気の虫が頭をもたげたのも失敗だった。

 そう、大失敗だった。
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 日本は豊かになった。

 最近はもう、食べるものはそれなりにおいしいのが普通である。もちろん、それほどおいしくないものも頻繁に食べるが、特に文句をいいたくなるほどのものはほとんどない。
 ところが、この「野菜すき焼き」たるや、「おいしくない」などという表現をはるかに通り越して、はっきりと「まずい」のである。「とてもまずい」と「まずくて食べられない」の中間ぐらい。

 全体にぐだぐだで一部どろどろになった野菜の下には、きしめんのようなのびきったパスタが隠れている。右半分はインディカ米をふかしたような色つきのごはん。そして、ここが肝腎だと思うのだが、どこをどう好意的に解釈しても、金輪際まったく、すき焼きの味がしない。それどころか、醤油の味も砂糖の味もしない。塩味すらついていないような気がする。
 じゃあ、何の味がするんだと言われても、とても表現できない。素材だけの味というと聞こえはいいかもしれないが、よく言われるような意味あいではない。とにかく、いったいどうやったらこんなにまずいものを作れるのかというような味である。

 一口二口食べてみて、やっぱり交換してもらおうかなと真剣に考えた。行きの飛行機のあの空腹を思い出すと、ここでしっかり食べておかなければ、この先ひどいことになりかねないと思ったのだ。
 だが、もう箸(というかスプーン)をつけてしまったために、さっきよりさらにハードルは上がっている。おそらくは余分もあるし、これは食べられないと言えば交換してもらえただろうが、やはり遠慮が先に立ち、自らの軽率さを呪いながら食べることにした。

 Vegetable という通り、一切の肉類は入っていない。メインディッシュを包んだアルミフォイルの上に、わざわざ "Sukiyaki Vegetables with Jaded Rice" というシールが貼ってあったところを見ると、ベジタリアン用の機内食かもしれない。行きの飛行機で食べた食事にはシールなんかなかった。
 でも、いくらベジタリアンでも、もっとおいしいものを食べたいはずである。肉類を食べないことと、おいしいものを食べないこととの間には大きな隔たりがあるはずだ。
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 まさかそんなことはないと思うが・・・
 「ベジタリアン? なにをふざけたこと言ってるんだ? 1ポンドのステーキに食らいつく幸せがわからないような連中には、こんなものでも食わせておけ!」
 そう言いながら、ものすごく立派な体格をしたオッサンたちがガハハと豪快に笑って機内食を作っている風景がふと浮かんだ。