◆「この年になって・・・」

 地震津波原発で仕事を失ってしまった方々が、「この年になって新しい仕事を始めろと言われても・・・」というようなことをおっしゃるのがよく報道されている。
 さまざまな被害に遭い、単に生活していくことすら難しくなったりする中で、新しい職を探す難しさは想像できるし、折からの不況もあってなかなか仕事が見つからず、苦労なさるだろうことも十分にわかる。

 だが一方で、現実に職が見つからないということや被災という背景条件を別にしても、「年だから今さら新しい仕事をする気になれない」あるいは「年だから新しい仕事を始めるのは(能力的に)不可能だ」という発想があるとすれば、それには違和感を持つ。
 そう発言する方々の多くは40代。50代もあるが、30代であることすらある。

 私は今40代後半だが、現実に職が見つかるかどうかは別にして、「年だから新しい仕事は・・・」という意識はまったくといっていいほどない。
 もちろん、やりたくない仕事やできない仕事はあるが、それは年だからではなく、20代半ばでも同じことだったと思う。
 いや、実際には、体力も衰えているし物覚えも悪くなっているだろうから、新しい仕事を始めれば若い時よりは苦労するかもしれない。それでも、少なくとも、やってみる前に「年だから無理だろう」というのは、ほとんど思いも寄らない考え方なのである。

 若い時にはなかった経験や知識だっていくらかはあるだろうし、人間関係に配慮する知恵だって以前よりはある。ワークライフバランスを取るのだって、下手になっているとは思えない。

 まあでも、現実に仕事を始めてみれば、新しい事象に対する適応性が劣っていたり、ルーティーンワークがなかなか覚えられなかったりはするのだろう。そう想像はできてもそんな気はしないけれど、これが「根拠なき自信」というやつだろうか。

 不思議なのは、私みたいに自分に自信のない、後ろ向きでマイナス思考の人間でもそう思うのに、どうして「年だから・・・」と考える人がこんなに多いのかということだ。
 思いも寄らない被災に打ちのめされているから一時的に・・・ならもちろん理解できる。しかし、「この年になって今さら」というのは、被災とは関係なく、ふだんからよく人々の口の端にのぼっている表現でもある。
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 求人に「35歳の壁」があるのを以前から不思議に思っていた。なぜそんなところに壁があるのか、振り返ってみてもわからない。高年齢だと偉そうで使いにくいとかいうこともあるのだろうか。それも自分はそうならないと思うが、そういう人も多いのか。それともやはり、能力が衰えているということが大きいのか。
 しかしながら、現実に50代60代70代!が社会のリーダーや中核を担っているのを見ていると、とても能力が衰えているとは思えない。経験的にいっても、業務遂行に問題が見え始めるのは70代も半ばを迎えてからだと感じている。同じ職に就いている者同士であっても、それ以前は明らかに年齢差より個人差の方が大きい。

 なのに求人が35歳で打ち止めになり、現実に「この年になって新しい仕事を・・・」という人が多いのはなぜか。それはたぶん、後者が前者の原因なのかもしれないという気がしてきた。
 35歳を過ぎるころから、新しいことへの意欲や気力が衰える人が増える。企業はそれを経験的に知っているから、それ以上の高年齢者の採用を手控えるのではないだろうか。同じ企業の中できちんと仕事をしている50代がいくらでもいるのに、である。

 逆にいえば、それは結局個人差であるから、「新しい仕事に取り組むのに何の問題もありません」という40代50代はどんどん採用すべきなのだ。雇うのはあくまで個人であり、世代を雇うわけではないのだから。

 たまたま近くにいた60前後の方に聞くと、その方も、「この年になって新しい仕事なんて・・・」という発想は想像もつかないということであった。私と違って何ごとにも前向きな方のようだが、やはりというか、そういうところに年齢を持ち込まないのである。
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 ・・・とはいいつつ、私はここ数日、毎日趣味のように血圧を測っている。先日、胃の内視鏡検査を受けたおり、看護師?から測ってみるよう勧められたのだ。自分で購入しておいて、「なんでうちに血圧計なんかがあるのだろう」という違和感を抑えきれない。

 なるほど、こうやって年齢を自覚していくのかと、ちょっと考え込んでしまう。