★圏外の温泉旅館

 鄙びた、というよりは、寂れた、と形容した方がいい、近場の山あいの温泉に一泊してきた。

 温泉街というようなものすらなく、数軒のくたびれた旅館があるばかりである。ソフトバンクの携帯電話はもちろん圏外だ。
 そういう場所であることは以前から知っていた。もう二十年以上も前、そのうちの一軒に泊まってぼたん鍋を食べたこともある。

 ただ、一軒だけ、百年以上続いている旅館が洪水被害のあおりで新築移転を余儀なくされ、落ち着いた旅館に生まれ変わっているという新聞記事を読んで、ちょっと興味が湧いた。

 ウェブサイトで調べてみると、確かに素晴らしい旅館のようなのだが、値段がべらぼうに高く、私の基準では到底泊まれるような宿ではない。予算的にも完全に圏外だったわけだ。

 が、日ごろから「宿泊数は少なくてもいいから高級なところに泊まりたい」と言っている家人が乗り気だったので、ふだんその逆の旅行ばかりを強いている負い目もあり、思い切って一泊だけしてみることにした。

 各部屋はすべて離れになっていて、源泉かけ流しの温泉を引いた専用の浴室がついている。広くて清潔で快適、食事も豪華ではないがまっとうな和食でおいしい。
 収容人数が少ないため、満室のはずだが何もかもがゆったりしている。夜十一時ごろに大浴場に行くと、完全に一人で貸し切り状態だった。
  「これがせめて半額なら・・・」と思わなければ、もっと滞在を楽しめたかもしれない。

 翌朝チェックアウト後、川沿いを散歩がてらバードウォッチングしていると、川の中の岩場にイタチがいておもしろかった。この寒いのに水に潜ったり泳いだりもするのである。後で図鑑を調べると、川で魚なんかも食べるらしい。
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 ふだんは宿泊したりしないような近場なので、行き帰りに寄るべき場所も思いつかず、ネットでいろいろ検索すると、知らない間にいろんなものができていたりして驚いた。
 自分は相変わらずでも、世間はどんどん変化しているのだ。

 おみやげに、105円の多肉植物を一つ買って帰った。