●万に2〜3人

 7月6日(月)の夜、家族で外食に出かけた。
 注文を終えて料理を待っているときだったと思う、息子が「何か耳がふさがったみたいな感じがする」と言い出した。右耳だけだそうだ。

 「気にせんとき。すぐ治るわ」と言っていたのだが、そのうちに耳鳴りも始まり、夜寝る前には耳元で話す声でもまったく聞こえなくなった。
 素人でもすぐ診断がつく、突発性難聴である。

 簡単に言えば、原因不明・治療法不明で、厚生労働省特定疾患(=難病)に指定している病気だ。
 罹患者のうち、1/3は治らないまま永久に聴力を失い、別の1/3には後遺症が残るという。

 最近では、浜崎あゆみがこの病気で左耳の聴力を失っている。

 インターネットがあるので、公的な情報から私的な日記まで、たくさんのデータがそろう。だが、そろってもどうなるものでもない。いずれにせよ、「原因不明・治療法不明」なのだ。

 「難病情報センター」によると、受診者は人口100万人対で275人(2001年推定)だそうで、「万が一」ではないが、万に2〜3人ということになる。

 治療法不明なのに、「早期に受診して重症なら入院し、2〜3週間、ステロイド点滴や高気圧酸素療法、星状神経節ブロック等を行う」のが大学病院などの標準的治療になっているらしい。
 実際、3週間入院してフルコース治療をやったけど、結局治らなかったという人が身近にいたのを後で知って驚いた。

 翌朝起きるとそれなりに聞こえるようになっていたので、何だか拍子抜けしつつ、それでももちろん、病院へ行く。
 幸い、というべきか、かかりつけの耳鼻科医は、漢方薬を処方するだけだった。「紹介状を書いていただいて、この足ですぐ阪大病院に行こうかと思っていたんですけど・・・」というと、その必要はないときっぱりおっしゃる。
 その日が火曜日で次回は土曜日だというのだが、「悪くなるようなことがあったら土曜日を待たずにすぐ来てください」とのこと。その場合は別の(もっと悪い)病気が疑われるからだろう。

 2日後の木曜日、聴力が落ち、耳鳴りも大きくなったというのでちょっと青くなって受診。脳腫瘍を疑ったと思われる簡易テストをして大丈夫だろうと診断される。MRIとか撮らなくてもちゃんとわかるんだろうか?
 思い切って、「突発性難聴の場合、ステロイドの点滴なんかをやることが多いようですけれど・・・」と伺うと、「わからないときはステロイドを使うという悪い習慣で、むしろ副作用が心配だ」とのこと。

 さらに思い切って、「治るんでしょうか」と聞くと、五分五分ですね、という。ステロイド治療をやって治るのは1/3だということなので(これは公式の情報通り)、その数字を信じるならば、このまま漢方薬を続ける方がいいということになる。

 最初の受診の時には「治らないかもしれない」という話はなく(調べて知ってたけど)、重病そうに扱ってもくださらなかったので、なんとなく治りそうな気がしていた。「五分五分」で片耳の聴力を永久に失うって・・・

 この日から学校を休ませ、安静と治療に専念することにする。なにせ、「3週間の入院治療」をしてもおかしくはないのだ。

 土曜日、また受診した。木曜日ほど悪くはないが、初診日の火曜日より悪い。マッサージとか何か、試した方がいいものはないかと伺うと、「鍼(はり)の名人」を紹介してくださった。
 そんな人がいるなら早く教えてくれればいいのにという思いも抱えながら、ともかくその「名人」のところへ伺い、ほぼ連日の鍼治療を続けている。

 もともと、鍼を信じているわけではない。せいぜいで半信半疑だ。だが、西洋医学の医者が「名人」とまで呼ぶ人であってみれば、何らかの御利益はあるだろうと思う。西洋医学を通して東洋医学を間接的に信じようとしているのだ。

 発病から2週間、お蔭様で?発症日の夜にはほとんど聞こえなかった耳が、ほぼ正常と言われるまでに復した。まだ耳鳴りは残っているというから、1/3の後遺症組に入る可能性もある。だが、残りの1/3の完治組に入ってくれると信じたい。

 安静(=勉強しないでのんびり過ごし、8時間の睡眠を取る)を別にすれば、息子が受けた治療は漢方薬と鍼だけだ。このまま完治すれば、西洋医学で治療法不明の病気が東洋医学だけで治ることになる。
 もちろん、実際のところ、漢方と鍼で回復に向かったのかどうかはわからない。もしかすると、放っておいても同じような経過をたどった可能性はある。因果関係はあくまで不明なのだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。ともかく今は、完治することを祈っている。

(この2週間、それなりに大変だったけどけっこう楽しかった。これで治ればいい思い出である)。