★報われるということ

 朝6時に起きて白馬の大雪渓を目指す。とはいっても、ホテルを出たのは8時過ぎ。なんとのんびりしていることか。

 ナビの案内する道を無視して、戸隠から鬼無里(きなさ)、白馬へと山の中を進んでいく。戸隠を過ぎてからの道には狭いところもあり、あまりお勧めできる道ではない。
 途中、北アルプスが展望できる場所に車を駐め、写真など撮る。

 白馬駅の前を右折、ローソンで昼食を仕入れ、コンビニ文明としばしのお別れ。

 行き止まりの猿倉(この地名がナビに入っていないのにはがっかりする。そういえば、「野尻湖ナウマン象博物館」もアイコンだけで一切の文字がなかった)に車を置き、猿倉荘を経由して10分ほど樹間の山道を登り、林道に出る。
 車の登れる緩い傾斜の広い道を歩いていく。さすがに舗装はされていないものの、何とも風情のない道である。

 途中、横浜ナンバーのワンボックスカーが上がってきた。どう見ても関係者という感じではない。登山者や観光客の迷惑を顧みず、通行規制を無視して我が物顔で通過する。こういう輩にはぜひ何かの天罰が下ってほしいと思う。

 すれ違う人たちはすべてアルピニスト。あからさまな観光モードの自分たちが恥ずかしくなる。が、まだ10時台のこの時間に降りてきている人たちだからだろう。
 実際、しばらくすると子ども2人の家族連れに追い抜かれた。

 1時間と少し歩くと林道は終わり、山道にかかる。林道終点には先ほどのワンボックスを含め数台の車が駐車してある。このうち何台が許可を受けた車なのだろうか。

 案内看板には急な登りになると書かれていたが、サンデーハイク程度の何ということはない登りである。
 30分ほどで「白馬尻小屋」に到着。広場のベンチからやや遠くに大雪渓を観賞。

 人は20数名もいるだろうか。空いている日に天候も回復してここまで来ることができ、ありがたさをかみしめる。
 思ったより暑かったが、不平をいうほどではない。

 さらに10分ほど歩いて、大雪渓を目指す。

 昨今の温暖化だし、雪渓がもっともやせ細る時期でもあるので、これで一番、雪が少ない状態だということだろう。
 裾の方から崩落して川へ落ち込んでいるので、雪渓下部に人が立ち入らないよう、係の人がものすごく安全マージンを取ってロープを張り直そうとなさっていた。
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 吹き抜ける風が冷涼である。先ほどまでの暑さは立ち去り、冷蔵庫から扇風機で送り出したような一定の風が全身を吹き抜ける。
 息子にだけは持参させた上着を着せ、われわれは何とか寒さを我慢しながら昼食とする。

 食べているのはコンビニで買ったおにぎりとかネギトロとかチキンとかだが、気分はアルピニストだ。

 これほどの場所にこれほど簡単にやってこられること、それに、そのことをこの年になるまで知らなかったことに驚く。

 今回、北信州にしばらく滞在することになり、どこへ行けばいいのかと少し調べるうち、この場所にこんなに楽に来られることを初めて知ったのだ。ロープウェイやリフトすら使っていないのである。

 こういう場所での経験は、千畳敷カールや新穂高などを例外として、もっとまともな登山者に与えられた、特権的なものだと考えていた。

 日本にもまだまだ、ただの観光客の来訪を拒まない、私の知らぬ大きな自然があるのかもしれない。

 あ、そういえば、立山には大人になってから行ってないな。家人も息子も経験ないはずだ。
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 雪渓を登っていったり降りてきたりするアルピニストがたまにいる。家族連れの中には、雪渓上ではしゃぎながら記念写真を撮っている人たちもいる。

 私もいたずら心を起こして雪渓に出る。雪は固く締まり、歩くのに何の不便もない。

 ゆっくりと向こう岸?までトラバースして、岩にタッチして戻る。行きは登り気味だったので楽だったが、帰りは下りになるので滑らないようにかなり注意が必要だった。
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 少し歩けばこの別世界に到達できるとはいえ、特にハイキングが趣味でもない運動不足の身にはそれなりにこたえた。

 だが、その苦労の報酬がこの山と風と雪渓だと思うと、十分以上に報われた気がする。

 息子にとっては、この自然の中で食べたネギトロがことのほかおいしかったことが一番大きな報酬だったようだが。

(表示されている日付は当日のものですが、このエントリは翌日夕刻、「沈澱」しているホテルのロビーで書いています。今は向かいの山の頂上ががかすかに見え・・・と書いているうちに、また灰色のガスの中に没しました。)