■文化果つるところ

 仕事で東京へ出かけた。

 東京郊外というか横浜郊外というか、まあそんなところ。

 JRの快速停車駅で、同時に私鉄のターミナルにもなっている駅のすぐ近くに宿を取った。

 せっかく東京まできたんだから、ちょっとおいしいものを食べたいと思い、フロントで「近くにお勧めの洋食屋とかはありませんか」と聞くと、「ありませんねぇ」という返事。

 隣の係員がにやにや笑っているので一瞬不快感を覚えたが、口を挟んできて理由が判明し、脱力する。
 いわく、「サイゼリヤぐらいしかないんですよね・・・」

 では洋食にはこだわらない、何でもいいからお勧めの店はありませんかと聞き直すと、「うーん」とうなったまま、2人とも困っている。

 こんな質問、しょっちゅうされていると思うのだが、答が全く用意されていないのである。

 近所の食堂が一覧できる地図は用意されていて、結局それはもらった。
 けっこうたくさんの店が載っているのだが、この中にお勧めの店はないということか。

 なんと言っても、かなり大きな駅である。食べ物屋が不要なはずはない。

 今改めて地図を確認すると、ジョナサン・サイゼリヤくら寿司餃子の王将リンガーハットロッテリアマクドナルド・モスバーガー・ケンタッキー・ミスタードーナツつぼ八・笑笑・小僧寿しなど、一通り何でもある。イトーヨーカドーやサティもあるし、コンビニだって各社そろい踏みだ。

 しかし確かに、「ここで食べたい」と思う店は見あたらないのである。

 結局、「駅前ビルの上やサティの上に食堂街のようなものがあるので、そこが一番まともではないか。以前、外国人のお客さんがいらした際にもそう案内した」というフロント係の言葉に、肩を落とすしかなかった。

 外は雨である。

 仕方なく駅方面に向かって歩き出そうとして、もらった地図をあらためて見ると、近くに「中華○△」(匿名)というのがあるではないか。「これでいいや。もうここにしよう」と思って行ってみたが、ちょっと入る勇気が挫かれる店のたたずまいであった。

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 私は大阪の北の外れに住んでいるが、家の近くはともかく、最寄り駅の近くには、人に勧めても問題のない洋食屋の3軒や4軒ぐらいはある。

 この、「東京郊外」は、いったいどうなっているのだ。駅自体を取り上げれば、大阪とは言わないまでも、神戸の中心にあるそれよりもよほど立派に見えるのに。

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 結局、駅前で見つけた、半世紀の歴史があるという鳥料理屋に入った。なあんだ、こんな店がちゃんとあるじゃないか。

 と思ったが間違いだった。入った瞬間、後悔が始まるような店なのである。外から見ると割によかったのに。
 店内はやや小綺麗にしているものの、要するに居酒屋の雰囲気で、店員は若いバイト(だろう)ばかり。玄関を開けた瞬間からタバコの臭いも漂う。

 カウンターに案内されてからも、やっぱり出ようかどうしようか、でも今さら・・・と思っているうちにメニューやらお茶やらが出されてタイミングを失う。

 店員がお盆をひっくり返し、ガッシャーンともの凄い音がして、飲み物とガラスが床に散らばる。

 そして、注文の品を待つうちに来店したカップルがすぐ隣に案内され、あろうことか、席に着くやいなや、2人ともタバコとライターをカウンターの上に置いたのだ・・・

 もう、一刻も早く、食事を終えてここを逃げ出すしかない。

 立田揚げ(という表記だったと思う)をおかずにして、安物の寿司を食べた。確かに、前者の方は悪くない。
 気のおけない友人とテーブルを囲んで鳥肉料理中心に食べるならけっこういけるんじゃないだろうか。ただし、禁煙であれば。

 仕事は東京都内だが、ここは神奈川県のはずだ。ちょうど境なのである。

 神奈川県といえば、現在、「全国初の「屋内禁煙条例」」(sankei.jp)を策定中である。個人的にはもちろんありがたいが、さすがにそこまでするのはどうかとも思っていた。
 だが、すぐ隣にまったくの他人が座って食事しているカウンターで、ぜんぜん遠慮するふうもなく次々とタバコを吹かすカップルを見ていると、やはり強制的に禁煙にするしか方法はないのかとも思う。

 赤の他人が傍若無人に吐く煙は、ことのほかこたえるのだ。
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 食後、空しい気持ちを抱えながら駅前の商業施設に入ると、上の方の階にけっこうまともな食事ができそうな店がいくつかあった。最近のデパートの食堂街のような感じである。

 これならこちらの方が数段マシであったと、後悔の念が募った・・・
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 ホテルを予約するときから、仕事でもなかったら一生来ないような場所だなあとは思っていた。
 まあ、何の変哲もない郊外というのは、もともと最も行かない場所ではある。うちの最寄り駅の両隣の駅ですら、降りたことは一度もない(はずだ)。

 しかし、兄一家は一時、この「東京郊外」に住んでいた。街の良さもなければ田舎の良さもない、こんな文化果つるところで、よく暮らしていたなあと思う。

 東京や横浜へすぐ出られるから、こんなところでもよかったのだろうか。それとも、兄の住んでいた家の最寄り駅近くには、まともな食べ物屋なんかがあったのだろうか?