■大峯探鳥

 車でアクセスしやすい魅力的な近辺の山には行き尽くしたみたいに思っていたが、地図を眺めているうちに、ここに行ってみてはどうだろうと気づく場所があった。

 古い地図では東西からピストン林道が来てそれぞれ行き止まりになっている場所だが、ネットで検索するうち、その林道が新しいトンネルでつながっているらしいのを知った。

 ゴールデンウィークの真ん中、快晴の日でも、見かけたクルマは全部で十台程度という感じの道である。こんなところにトンネルを掘って繋ぐか・・・

 恐るべし、道路特定財源。それとも農林何とか財源なのだろうか。

 いずれにせよ、お蔭様で、ほんの1時間半ほど歩くだけで、大峯山系の一つ、大天井ヶ岳に登ることができる。トンネルの東側に大天井滝の眺められる休憩所があり、そこでお昼。

 まだ桜がほぼ満開であった。

 西側のトンネル入口からコルまでは、急登だがほんの20分。途中、カケスの声が聞こえる。コルの南側は大峯山寺本堂がある山上ヶ岳に続く道なので、今も女人禁制だ。

 女人禁制なんていつまでやってるんだよという気はするものの、あえて今ここで禁を破るほどの強い動機はないので、私と息子のみ少しだけ歩を進め、家人は「女人結界門」の手前で記念写真を撮った。

 目指すは反対側、大天井ヶ岳なのだが、歩き出して程なく、カラ類の混群に出会う。行動をともにしているのかどうかはわからないが、まずキビタキのさえずりに気づき、姿も背中側から見ることができた。
 自宅近くで見る混群とは違い、ヒガラやゴジュウカラまで混じっている。ゴジュウカラは5羽ぐらいいただろうか。こんなにゴジュウカラを見たのは初めてである。
 奥にはカケスも2羽、顔を見せる。

 のんびり鳥を見ていると、どんどん時間が経つ。息子も病み上がりだし、ピークハントは早々に中止して、この近辺だけをぶらぶらして戻ることにする。

 尾根筋をもう少し北側に移動して、やはりバードウォッチング。また先ほどの場所に戻る。

 普段なら珍しいゴジュウカラだが、そこここにいるし、美しいさえずりも聞こえる。またゴジュウカラ、と言って息子が双眼鏡を覗き、「ぜんぜん色が違う」という。
 カメラのファインダーを覗いていた私にも、色が違うのは見て取れた。咄嗟に、図鑑でしか見たことのない鳥の名を叫ぶ。「キバシリや!」

 家人は聞いたこともないというが、ゴジュウカラのような動きをするこんな色の鳥と言えば間違いない。キバシリ初認である。写りは悪いが証拠写真も撮れた。

 トンネル前まで下山後、トイレを求めて洞川の方へ下る。予定外だが、車を駐めて街を散策。

 どの商店・宿も、道に向かって開口部が大きく、すこぶる開放的である。戸はほとんど開けっぱなしで中は丸見え、網戸もついていない。
 初めてではないのだが、こんなに異様に開放的な街だった記憶はない。来た季節が違うのだろうか(あとで調べると、戦前は遊郭があったという。だとすれば、あれは飾り窓として建てられた名残なのかもしれない)。

 「陀羅尼助」の看板や暖簾がやたらに目につく。胃腸薬らしい。

 イワツバメが多数飛び交っている。

 お土産用の豆腐は売り切れたというので、こんにゃくとエリンギを買い、その場で豆腐を食べる。
 店先のスツールには先客がいたので、息子と2人、角を曲がったところに座って家人が来るのを待っていた。
 家人はひとつだけ空いたスツールを熱心に勧められ、その際、何度も「お姉ちゃん」と呼ばれたと言って気をよくしていた。単純である。

 そういえば、ここに書こうと思って書いていなかったが、先日、魚屋で「お父さん」と呼ばれてしまった。息子と一緒にいない時にお父さんなんて呼ばれたのは初めてだ。
 ついこの間まで「お兄ちゃん」だったのになあ・・・と、ちょっと遠い目になった。

 帰りはまたトンネルを抜けて東側に戻り、林道を北上して吉野へ向かう。ところどころ落石が落ちていたりはするものの、よく整備された林道だ。

 吉野に入るまで、車とは1台も出会わなかった。
 人間は1人だけ、大きなリュックを背負った、いささかシリアスな表情を浮かべた黒縁眼鏡のおじさんとすれ違った。舗装された林道の右端、谷側を黙々と歩いている。

 もう日が暮れかかろうかという時間だったので、今ごろこんなところを歩いていたんでは、日のあるうちにどこか人里に出ることなど不可能である。まあ、荷物から推して、どこかその辺で野営するつもりなのだろうとは思ったが、何だかちょっと心配になるような感じだった。

 あのまま、世界遺産大峯奥駈道を2〜3日歩き通して熊野へ出るつもりなのだろうか。真似のできぬ所業である。

 これまで、こんな林道があるとは知らなかったし(新しくできたのかもしれない)、吉野へ車で出かけるほど愚かではなかったので、上千本やら奥千本やらへ車で行けるとは知らなかった。

 快適な林道は、吉野に入ると一変する。

 シーズンの終わった、ほとんど人も車もいない吉野でも、もう一度車で通ろうとは思わないような狭く曲がりくねった道だった。

 吉野から橿原へ向かう国道169号沿いには、まともな食事をできる店がほとんど見あたらない。今度出かける時は、きちんと探しておいてから行こうと思った(が、実行できないだろうなあ)。

 和食を看板にしたレストラン 兼 柿の葉寿司店に車を駐めたが、レストランは4月1日から団体専用にしたとの掲示。立派な看板で誘い込んでおいてそれはないだろうと思ったが、どうなるものでもない。

 仕方なく、二十年近く前だったかに不愉快な思いをして以来、自分からは2度と行かないことに決めていた王将に入ることになった(ということは、息子が王将にはいるのは初めてかもしれない。あ、違った。2〜3年前、実家の両親に連れて行かれた)。

 もちろんというか、今回は特に不愉快なこともなかったし、味はそれなりにおいしいかもと言えるぐらいのレベルに変貌していた。
 これなら、船場吉兆で何万円も出して、誰かが箸をつけなかった料理を食べさせられるよりはいいかもしれない。

 追加でにんにくラーメン(息子の希望)と餃子を注文して、珍しくお腹いっぱいになる。ずっと腹八分目を心がけているので、安物の料理によってもたらされるこの背徳の満腹感が「やってしまった気分」を演出する。

 ともかくも、家族でお出かけらしいお出かけができて嬉しかった。その嬉しさが家族とどれぐらい共有されているのかが心許ないけれど・・・

 (あ、でも、息子はキバシリを自分が見つけたことや、ゴジュウカラをたくさん見られたことや、ツツドリの声を聞けたことに、ほんとに幸せそうだった。手振りつきでツツドリの声を真似たりして、はしゃぎぶりや幼さにちょっとあきれるぐらい。

 熱を出して休んでいた日に出すべきだった課題とかいうのを今日知らされて、今、真面目に一生懸命やっている息子に幸あれと祈りたい。)
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 いつにも増してだらだらとした日記を最後までお読みいただき、ありがとうございました。