◆銀世界の挑戦者たち

 珍しく雪が多い。ひと冬に何度も積もることなど、滅多にないのに。

 『デイ・アフター・トゥモロー』(2004 U.S.A.)ではないが、「地球温暖化が逆に寒冷化をもたらすとかいうこともあるかもしれないな」などと、何の根拠もなく思ったりする。

 友人と昼食に出かけるという家人を駅まで送っていくので、ちょっと足をのばして車のオイル交換でもしてこようかと思う。
 走行距離的にはまだちょっと早いのだが、前回の交換から1年になるので、イグニッションをオンにするたびにインパネに「SERVICE !!」と表示されるのが気になっていたのだ。あんまりおどかすなよ。

 念のため、すぐにできるかどうか聞こうと思ってディーラーに電話すると、「けっこうですけど、新御堂筋が通行止めで周辺が大渋滞ですよ」という情報。
 新御堂筋とは、大阪の中心部と北部を南北に貫く、もっとも重要な幹線道路だ。自動車専用道路ではないが、高速道路仕様で信号はなく、原付や自転車の通行は禁止されている。

 玄関前のほとんど交通量のない道ですら乾き始めているというのに、なんという慎重さだ。もう10時30分に近いのである。

 結局、いつもより少し遠回りはしたものの、渋滞にぶつかることはなくディーラーに着いた。横目で見た新御堂はやはりもうほとんど乾いているが、それでも通行止めは続いていた。
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 さて、オイル交換をすませてから、箕面の山に雪を見に行くことにした。新御堂の側道を北上しながら正面の山を見ると、それなりに雪化粧していておもしろそうだったのだ。

 道の方は、滝の上の駐車場まで雪らしい雪はない。残っている箇所も、轍の上は溶けているので大丈夫だ。
 だが、そこから先は違う。自宅で降っていなくても、ここまで来ると路面は真っ白ということもある、雪の多い場所だ。

 その真っ白な路面の上で、タクシーが立ち往生している。道路端から何度も脱出を試みるが、いくらか進んではタイヤが空回りしてお尻を振りながら元の位置・・・という繰り返しのようだ。
 1人の女性が自分の車を駐め、困ったふうにその様子を見ている。手伝おうとして手を出せないでいるのだろうか。

 こういうことに少しは慣れている私は、手伝ってあげようかと少し遠くに車を駐め(ぶつけられないための用心だ)、タクシーまでとって返して声をかける。車を降りると、歩いていても滑りそうな路面である。
 近づいて、「押しましょうか」と声をかけるが、ありがとうも助かったもすみませんもお願いしますもない。めんどくさいけどいやいや相手をしてやろうかという風情だ。

 それでも会話を続けると、これ以上は進めそうにないのでここでUターンしたいらしいことがわかる。経験上、それなら、私が後ろから押してさらに横から押せば可能だろうと思った。Uターン後は緩い下り坂になるので、ごくゆっくりと下っていけば、ほどなく黒い路面に出会える。幸い、交通量はほとんどない。

 だが、運転手は、「押してもらってもねぇ」と言ったきり、何度も何度も空しい試みを続けている。後輪の下は既に、つるつるに磨かれたミラーバーンのようになっている。
 とりあえずタオルを後輪の下に敷くだけで、少なくともこの状況からは脱出できるのだが、脱出方法を話し合える雰囲気でもなく、これ以上そこにいてもどうにかなるものでもないと思い、自分の車に戻った。

 しかしまあ、ノーマルタイヤの後輪駆動車でチェーンも用意せず、よくも真っ白な凍結路に突き進んでいけるものだと思う。チャレンジャーだなあ・・・
 スタッドレスの4輪駆動でも、聞いていた音楽を消して緊張しながら進むような道なのだ。

 気温は氷点下2℃。

 しばらく行くとお寺があり、そこから先は黒い路面になっている。その境目あたりで、対向してきたメルセデスがハザードをつけながらバックしていった。賢明な判断である。

 ちょうど JAF の車が停車してチェーンを装着しているところだったので、「まもなくJAF の車が来るからよかったら声をかけてみれば」と、先ほどの運転手に伝えに戻った。
 親切心からというよりはむしろ、まだ雪道を走り足りない私にとって、戻るためのいい口実ができたというのが正直なところだ。もっと雪の期待できる、交通量のさらに少ない一方通行路をまだ走っていなかったし。

 タクシーまで戻るほんの数百メートルの間にも、またスタックして動けない別の車。新たなチャレンジャーの登場である。
 そこではゴツイ4輪駆動車がすでに救援にとりかかっており、ロープでも出してこようかという勢いだったので、後ろにJAFもいることだし、今度は素通りすることにした。

 相変わらずがんばっているタクシーの運転手に JAF のことを告げると、ほっとしたような初めての笑顔。
 思えば、こんなところで動けなくなっているところを見られ、職業運転手としてのプライドが傷ついて、ぶっきらぼうな応対しかできなかったのかもしれない。
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 積雪の一方通行路でも、日の当たるところには黒い路面が顔を出している。

 雪のためにエサの得にくい野鳥たちがそこに集まり、ゆっくり進む私の車でも、その野鳥たちを蹴散らして進むかたちになってしまう。申し訳ない。
 はっきりと確認できたのはツグミアオジだけだったが、若いオスのルリビタキも何羽かいたようだ。

 いつも鳥がたくさんいるカラスザンショウの樹の横で車を降り、双眼鏡で眺めてみたが、今日は何も見つけることができなかった。もう実は食べ尽くされているのかもしれない。

 溶け始めた雪が落ちてくる様子や、木々に積もった雪が時折り吹く風に粉雪のように散る風情など、なかなか乙な景色である。天気はまあ晴れ。遠く大阪市内の高層ビルまで見渡せ、箕面市街の住宅の屋根はどれも真っ白だ。

 いつの間にか12時を過ぎている。息子が家で待っているので帰ってスパゲティを作ってやらねばならない。
 家で受験勉強にいそしんでいる(はずの)息子が、この景色を私と一緒に愛でることができなかったのが心残りである。