★デトロイトの空港で箸使いを学ぶ

 以前にも書いたが、箸がまともに使えない。何度か練習を試みたことはあるのだが、その度にすぐ挫折している。もちろん、正しい持ち方は知っていて、その格好はできる。だが、実際にそれでモノをつまむ段になるとなかなかうまくいかないのだ。

 我流の使い方で特に不便はない。見る人によっては「どういう躾を受けたのだ」とか「不格好だな」とか思うかもしれないが、それほど本気で気にしたことはない。

 忘れもしない22歳、高校教師1年目の夏休み前、生徒の母親との食事会があった(そういえば、次の年からなかったような気がする。あれは何だったのだろう?)。
 いわゆる進学校の教師として、教育熱心な母親たちの前で箸を使わなければならなくなり、緊張したのを覚えている。なにせ、後に担任したクラスの中に、博士号を持った親が数人いたとかいう学校だったのだ。

 ところが、いざ会食の席に出てみると、テーブルについた数人の母親(おそらく全員当時40代ぐらい)の、誰一人として箸をまともに持てる人がいなかったのだ。これにはほっとするやら拍子抜けするやらだったが、一番大きい感情は「驚き」だった。みんな、これほど箸を使えないとは・・・

 今回、ソルトレークシティに飛ぶにあたって、行きも帰りもデトロイトで乗り継ぎをした。帰りの時、とにかく日本食が恋しくなるタイプの私は、大枚1000円ほどを出して、すべて冷凍食品からなる天婦羅うどんを食べることにした。

 その店に置いてあった割り箸の箸袋に、箸の持ち方が英語で説明してあった。最初は何気なく眺めていたのだが、試みに書いてあるとおりにしてみると、なんと、一気に正しく箸を使えるようになったのだ!
 もちろん、まだ慣れないせいでぎごちない。だが、今までと違って、今度こそ使えるようになるという確信がすぐに芽生えた。その説明でコツをつかんだということだ。

 今まで、持ち方の説明は何度も読んだ。正しい持ち方も知っていた。だがそれは、実際に箸を正しく使うのには役立たなかった。
 それが、デトロイトの空港の片隅で、ついでのように箸袋に印刷された英語を読んだだけで使えるようになるとは・・・
 「人にものを教える」ことのトリッキーな側面がここにある。

 トランジットというのは、空しく次を待つ場所として旅行中ほとんど記憶に残らないところである。だが、デトロイト空港は、この経験もあって、もっとも記憶に残るトランジットになりそうだ。