●一瞬の躊躇

 いつものトラットリア。注文を終え、手を洗って洗面所から出てくると、スタッフの間に何やら緊張した雰囲気。どうやら、行き違いがあって、パスタが一皿、宙に浮いたらしい。きちんと伝えろとマスターの抑えた怒声。なにやら不満を漏らすスタッフ。カウンターの目の前だ。厨房に皿を戻した彼に、捨てろと指示するマスター。「それ、私がいただきます」と、言おうとして、瞬間、さまざまな思いがよぎって躊躇した刹那、ざばっと捨てられてしまった。
 私が注文していたのは、違う種類のパスタである。が、もし同じだったとしても、店としては、宙に浮いたものを「どうぞ」と出すわけにはいかないだろう。立て込んでいるから、スタッフが食べるわけにもいかない。捨てるしかないのはわかる。だが・・・
 大したことではないかもしれない。だが、妙に後を引くできごとだった。
 ためらうべきではなかった、と思う。