◆牛窓の芸術家

 納車の次の日は土曜日だったのだが、あいにく同僚のピンチヒッターで休日出勤したので、遠い方の職場を往復しただけで終わった。

 その翌日の日曜日、慣らしを兼ねて岡山県牛窓まで出かけた。
 途中、新装なった姫路城
を車窓観光し、岡山ブルーラインを走った。前者は何年ぶりだろう、十数年か。後者は、元ハンセン病患者の療養所を訪れたとき以来だから、7年になる。

 目的地の牛窓は「日本のエーゲ海・恋人の聖地」だそうだが、私はもちろんひとりだった。
 いわゆる「平成の大合併」のためだろう、いつの間にか瀬戸内市になっている。
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 夜、寿司屋に入ると、ひと組だけ先客がいた。ちょうど私の両親くらいの年のカップルで、おそらくは夫婦だろうと思った(が、長年連れ添った名字の異なる「相棒」らしい)。

 男性の方が話しかけてきて、町をあげて観光に力を入れていると言いながら、受け入れ体制ができていないことなどを嘆いておられた。
 「私もここの人間ではないんだけれど、もう20年も住んでいるので」とおっしゃっていたが、お話の端々から感じられる情熱は、故郷を思う人のそれであった。

 おふたりが出られた後、寿司屋のご主人に、「今の方、芸術家か何かですか?」と聞いてみた。
 リタイアしたサラリーマンには見えない。竹久夢二で有名な町でもあるし、ここで絵でも描いていらっしゃるのかと思った。

 意外なことに、というべきか、やはり、というべきか、何と、あの「かあさんの歌」(♪かあさんが夜なべをして手ぶくろ編んでくれた 木枯らし吹いちゃ冷たかろうてせっせと編んだだよ)を作詞作曲した窪田聡さんだということであった。
 あの名曲の・・・

 芸術家に見えるはずである。

 有名な人に会うことはほとんどない。まして、向こうから話しかけてきてくださったり、お話を伺ったりするのは、もしかしたら初めてかもしれない。
 正直、お名前もお顔も存じ上げなかったのだが、急に親近感が湧くから不思議である。

 ネットで調べてみると、牛窓を拠点にさまざまな活動をなさっているようだ。
 なんと、自宅横にホールまで作って演奏会を開いている。

 春のコンサートに出かけてみようかという気もしてきた。バイクで? クルマで?