◆音の記憶 と 和牛ステーキ

 何だかちょっと不思議な昼だった。

 4月から通い始めたいつものイタリアンに行くと、初めての満席。もう2時が近いというのに。

 少し意外な気はしたものの、もうひとつすぐ近くにイタリアンがあるのでそこへ赴く。
 外から覗くとカウンターに空席があり、やれやれと思ってドアを開けると、「予約のお客様が」と断られる。

 久しぶりの昼食ジプシーかと落胆したが、駅の近くだからまあ何かあるだろうと歩き始める。

 途中で、「そうそう、こんなときこそ iPhone ではないか」と思い出し、近くの食べ物屋を検索してみるも、半径300m以内に絞ってもあまりに多すぎて、見るのも面倒である。半径50m以内ぐらいまで縮められればいいのに。

 犬も歩けば的に少し歩くが、ぱっとした店はない。ただ、「和牛ステーキランチ 1000円」と書いた大衆食堂風の店があったので、少し躊躇して行きすぎてまた戻り、結局そこにする。

 驚きの狭さ。
 カウンターのみで向こうはすぐ壁。壁とカウンターの間に本当にキッチンがあるのだろうかというぐらいの奥行きである。
 確か6席あったと思うが、誰も座っていなくても両隣の椅子が邪魔になるぐらいぎゅうぎゅうの感じ。店の幅は4〜5mぐらいだろうか。

 幸い、他に客はいないので、それでもまあ不満はない。テレビがついているのはちょっとイヤだなあと思ったが、それほど大きな音量ではなかった。
 テレビのことも忘れ、料理を待つ間にメールを一本出し、パソコンをカバンにしまったときだったと思う(今確認すると、差し出し時刻がまさに13:59になっていた)、いきなり、信じられない音楽が耳に飛び込んできた。

 な、なんなんだ !? と思った直後、一瞬で頭がタイムスリップする。おそらく、この音楽を聴くのは35年ぶりとかではないだろうか。
 ものすごく耳に残る、「ダッダーバ ダバダバ(音注意)」(後記:実際は「サッサーバ サバダバ」みたいですね)である。

 そう、藤本義一氏が亡くなったので、その追悼特集をやる2時のワイドショーが、冒頭で 11PM(イレブンピーエム:深夜のワイドショー番組)のテーマソングを流したのだ。
 最初はテレビから出てきた音だとは思わなかった。ものすごいインパクトである。

 あの音楽がダイレクトに脳に響く世代って、今、何歳以上ぐらいなんだろう?

 わたしが 11PM を見ていたのは、小学校から中学校の間ぐらいだったと記憶する。今思えば、よく両親があんな番組を見せたよなあとも思うが、そういうことには無頓着な二人である(お蔭様でまだ元気です)。
 家人は私より年上だが、見たこともないし、音楽も知らないそうだ。本人も興味はなかっただろうし、見せてもらえないような家だとも思う。

 調べてみると、アシスタントの真理アンヌをよく覚えているので、やはり、よく見ていたのは小中学生の時のようだ。

 それにしても、あの独特な音楽との久しぶりの邂逅は強烈だった。

 香りの記憶については以前書いたことがあるが、音の記憶をこんなふうに感じさせられたのは初めてのことかもしれない。
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 さて、和牛ステーキランチ。

 1000円で和牛のステーキが食べられると思いますか? 私は懐疑的でした。

 ところが、量こそ少ないものの、これまでに食べたことのある高級なステーキと比べても遜色ないほどのおいしさなのです。
 もっとも、私が「高級」ステーキを食べた回数はたぶん十回もないのですが・・・

 店と人件費にコストがかかっていなければ、1000円でこんなものが出せるんだなあと、ちょっとした感慨を覚えました。
 初めての店だったので「ごちそうさま」だけ言って辞去しましたが、ちょっと何か伝えればよかったと思っています。

 今度またイタリアンが満席だったら、再訪するつもりです。