◆これください

 たぶん、ケチだからだろう、モノを買う前には徹底的に情報を集める。

 集めているうちに、思いもしなかったような(想像力不足!)機能がいろいろあることを教えられ、それもこれもあれば便利、どうせなら性能も高い方が・・・とかいう具合に、いつの間にか「いちばんいいやつください」みたいな世界に近づいていく。

 ただし、どんなにいいモノであっても、価格が見合わないと思うと購入意欲が失せる。iPhone を5年も買わなかったのはそのためだ(本体価格ではなく、維持費が見合わないと考えていた)。

 購入対象が決まると、こんどはどうすれば安く手に入れられるかをさんざん検討する。

 以上のような労力を労働に振り向ければ、安くなった分の金額の何倍にもなるだろう(現実には働いても収入は増えないけど)。
 それに、実は性能なんて大差はないし、余分な機能があっても使わない。

 それがわかるようになってきても、やっぱり同じような愚かな買い物を繰り返してきた。

 だが、先日、十数年使った炊飯器を買い換えたときは、製品の選択も価格の検討もかなり中途半端だった。結局はデザインで決めてしまったようなものだ。
 それでもまだ、買うまでにはかなりの時間を要した。
 ___

 買ってから二十数年のエアコンが故障していた。2度の引っ越しを乗り越えてともに歴史を刻んできた機械だが、冬には風が出なくなり、夏には風は出るのに冷えなくて、暖房も冷房もだめなことが確定した。

 寝室なのでもともとあまり使わず、なんとなくそのまま放っておいたのだが、先日、コンセントまで抜いているのに内部から音が鳴り出してびっくりした。
 最初は虫でもいるのかと思ったが、どうやらガスが漏れだしていたらしい。

 音は2〜3日で止まったのだが、このまま朽ちていくエアコンをつけておくのも忍びなくて、そのうち買い換えようかと思っていた。

 しかし、あんまり使わないので、さすがに高性能・高機能のエアコンを買う気はしない。
 ならばいっそ、一番安いやつでいいやという気がしていた。それ以降、土曜日に入る家電量販店のチラシをチェックしていると、だいたいの感覚がわかってくる。

 そして、昨日取っておいたチラシを見ていると、とうとう3万5800円(標準工事費込み)のエアコンが出ていたので、気は向かないながらも電話をして在庫を確認してから買いに行った。
 安いと言っても日本メーカーの日本製、冷暖房インバータの(たぶん)まともな機械である。今年のカタログに載っているモデルで、デザインだって悪くない。

 kakaku.com に出ている 1645種類のエアコンのうち、もっとも安い機種の最安価格は2万7000円で、標準取付工事費が1万2600円だったから、都合3万9600円ということになる。
 3万5800円というのは、日本一安いといっても過言ではないだろう。

 売り場に着くなり担当者にチラシを指差しながら「これください」となった。

 いくら安いとはいえ、エアコンを買うのにいきなり「これください」というのはわれながら驚く。

 家を出てから帰ってくるまで、ちょうど1時間だった。書類に記入したりポイントカードを作られたり、工事の説明やら日取りの調整などもしたのにである。

 無駄な時間が省けてよかったような気もするものの、こうして安易に購入したエアコンとまた二十数年(十数年?)付きあっていくのかと思うと、かなり微妙な気分である。
 ___

 内田樹氏が、原付で通りがかったBMWのディーラーにふらっと立ち寄り、カタログをめくって「これください」と購入した話を書いていらした。

 同じ「これください」でも、彼我の差はかくも大きいのだ。

 いつか私も、そんな買い物ができるようになれるだろうか(無理だな)。