■ブレーキのない乗り物

 今日の朝日新聞「赤be」に、ジェット機が着陸する際の逆噴射について書いたコラムがあったので思い出した。
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 飛行機の操縦を習い始めてからしばらくして、かなり戸惑ったことがある。

 それは、ブレーキがないということだ。

 ブレーキをかけて止まれば、それはすなわち揚力を失って墜落するということだから、それでブレーキがないのかというと、そういうことではない。
 止まらないまでも、素早くスピードを落としたいことだってあるではないか(実際、1回だけあった)。

 もちろん、地上走行中には自動車と同じようなブレーキが有効だ。旅客機などでは、ジェットエンジンを逆噴射したり、プロペラの角度を変えて送風方向を逆にしたりもできるらしい。だが、そういうブレーキは飛んでいるときは使わ(え)ない。

 飛んでいるときに(も)使うものとして、エアブレーキやスポイラーと呼ばれるものがあるにはある。翼や機体の一部に板状のものを立てて、空気抵抗を増やす装置だ。
 だがそれも、着陸進入時や地上滑走に入ってから補助的に使われるのが一般的で、↑に想定したような「飛行中に素早くスピードを落としたい」という要請に答えるためのものではない。

 あ、戦闘機なんかだと、空戦を有利に進めるために急に速度を落としたりする必要があるから、飛行中にエアブレーキを使ったりもするだろう。
 また、急降下爆撃機などには、スピードが出すぎて地上に激突するのを防ぐためにダイブブレーキと呼ばれるタイプのものがついていたりする。エアブレーキの一種で、それが出す風切り音を聞くと自分の頭上に爆弾が降ってくることを意味するため、第二次世界大戦中、連合軍の兵士たちに「悪魔のサイレン」として恐れられたという、ドイツの飛行機ユンカース シュトゥーカ(Ju87)のものが有名だ。

 細かく書いていくときりがないが、いずれにせよ、単発のレシプロ小型機なんかにはエアブレーキなどもちろんついていない。強いていえばフラップ(高揚力装置)がそれにあたるが、それはスピードを落としてからしか使えない仕様になっている。つまりは、今ここで論じている意味でのブレーキではない。
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 これまで私が乗ってきたあらゆる乗り物は、加速したり減速したりするシステムをきちんと装備していた。それがないのはジェットコースターぐらいのものだろう。
 私が運転したものの中でそれがなかったのは、おそらく、幼児のころに乗った三輪車だけではないだろうか。

 飛行機は、そういう常識を裏切る乗り物だったので、ちょっとびっくりしたわけだ。

 もっとも、平和に飛ぶための飛行機は、何も障害物のない空を一定速度で飛ぶのが前提だから、通常はブレーキがないことは大きな問題にはならない。

 そういうものだとわかればなんということはないが、ブレーキがないという「想定外」の事態は、それを知らなかった者に一抹の不安を引き起こすのである。
 滅多にないにしても、急減速したいときにその方法がなく、あれよあれよという間にどんどん高速で進んでいくというのは、あまり心臓にいいものではない。
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 私が操縦していたような飛行機で速度を落としたいときにはどうするかというと、エンジンの出力を絞る(プロペラの回転数を落とす)か機体を上昇させるか(あるいはその両方)しかない。

 前者は、自動車でいうエンジンブレーキのようなものといえばよいだろうか。後者は、運動エネルギーを位置エネルギーに変えることで速度を落とすのである。まあ、速度を落とすために後者の方法をとることはまずないけれど。

 飛ぶときは、止まれないことを常に意識する必要がある。止まれないどころか、高度を保ったり下げたりしながら急速にスピードを落とすことすらできない。

 ぶつかりそうになったら、ステアリングによる回避操作よりもまずは急ブレーキ・・・というような、自動車における常識?が通用しないのである。

 まあ、ぶつかりそうになることもまずないんだけれど・・・