★世の中は変わる

 大腸の内視鏡検査を受けた日、5時間も6時間もの病院の待ち時間に何をしようかと考えた。

 まだ見ていない映画をパソコンに入れていたので、それを見ることにした。でも、それだけでは時間が余ってしまう。
 本を読めばいいのだが、落ち着いて読める雰囲気でもないだろうし、そういう精神状態でもない。気楽に読めるものはないだろうか・・・
 手ごろな本がなかったので、昔買ったミステリを再読することにした。どうせ中味は忘れているのだ。

 その中におもしろい記述があった。

  出版社に勤務する主人公が、作家の女性を訪ねる場面である。その作家は、2年前に新築した家を禁煙にし、訪問者がタバコを吸う時はベランダに出てもらっているという。

 『ずいぶん、むずかしい人なんだな』

 と、竹平は苦笑した。

 現在、出版部員として、竹平が担当している執筆家には学者が多かった。中には変わり者という評判の人もいたが、訪問者にも禁煙を強いるような人はいない。これは、よほど覚悟してかからないと……。

 この書き方だと、自宅を禁煙にしている作家は、異常にわがままな変人ということになる。

 この作品(「兄をさがす」(佐野洋)は、1992年から1993年に新聞紙上で連載されていた一連の短編のひとつである。

 90年代前半には、この主人公のような感覚がごくふつうだったのかもしれない。少なくとも、佐野洋はそう考えていたのだろう。

 それから20年足らず。現在はどうだろうか。

 新築の家を禁煙にして、「すみませんが、タバコをお吸いになる時はベランダか外でお願いします」という人が、これほどの変人扱いをされることはまずありえないのではないか。

 むしろ、タバコが嫌いな作家の新築の家を訪問して、そこでタバコを吸おうとする人の方が、「異常にわがままな変人」ということにすらなりそうだと思う。

 思えば、前の職場を辞めた理由のひとつ(あくまで小さなひとつ)は、タバコの煙に悩まされ続けたことであった。この作品が書かれる少し前のことである。
 今はおそらく、あそこも「建物内禁煙」になっているのではないだろうか。
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 世の中なんて変わらない・・・ よくそう言われたり思われたりしている。

 だが、世の中はわりとあっさりと、短期間で簡単に変わったりもする。いい悪いは別にして。

 時効がなくなるなんて数年前にだれが想像しただろう?
 1995年4月28日に倉敷で起きた殺人事件は、文字通り時効寸前に、永久に時効にかからなくなった(新たな法改正がなければ)。

 世の中は変わる。問題は、われわれがそう信じ、実際に変えていけるかどうかだ。
 願わくはいい方向に。