★空前絶後のウェイトレス

 3日前に夕食を食べた店で昼食。

 前はいなかったご婦人が、ひとりでフロアを担当する形になっている。といっても、テーブルは店内に4つだけ。

 この人がすごかった。いや、お年を召しているし(たぶん、70代半ば)、おそらくはオーナーの母親だと思われるので(それにしては少し若いが)、お盆の時だけ手伝っていらっしゃるのかもしれないが・・・

 以下、箇条書きにする。

1.テーブルに案内してくれない。
2.先客のグラスを片付けてくれない。
3.テーブルをちゃんと拭いてくれない。
4.他の人が注文した飲み物を持ってくる。
5.お水を持ってきてくれない。
6.注文を取ってくれない。
7.注文の品を自分で伝票に書いてくれという。
8.料理ができるたびに「どこ?」とオーナーに聞く。
9.オーナーが厨房にいるときは、「(料理名)のかたぁ」といいながら、狭い店の中をうろうろする。
10.支払いの時、別の4人グループの伝票を持ってくる。
11.次に、3人グループだがまた別の伝票を見せられる。

 そのうち案内してくれるだろう、テーブルを片付けてくれるだろう、注文を取ってくれるだろう・・・と思い、急かすのも悪いような気がして黙っていると、いっこうに前へ進まない。とにかく、こちらから言わないと何もしてくれないのだ。

 そして、まだ水も出ていないし注文もしていないのに、間違えてジュースなどを持ってきたりする。

 やっと注文する段になると、カウンターまで伝票を取りに来て自分で書いてくれというのだが、あまりにも文脈離れしているので、家人も息子も何のことかわからなかったようだ。

 横柄だとかいい加減だとかいうのとは違う。どちらかといえばあくまで上品で、物腰もやわらかい。状況を理解していない家人に言った言葉が「腰をお上げになって」であった。

 伝票を自分で書いたのは生まれて初めてである。丁寧に書く。いい経験だった。
 家人も「この方が安心」と微笑んでいる。

 確かに。

 どう見ても、明らかに「おかしい」のである。だが、認知症とかそういう感じもしない。会話はきちんと成立しているし、オーナーだって、抑えた声ながら、「さっきと同じテーブル!」「今ビール運んだテーブル!」などと、叱責混じりの強い口調で指示を出している。
 仕事ができなくて当然とも思っていないようだし、いたわっているふうでもない。

 そもそも、注文はすべて、このご婦人が受けたのだ。客は3〜4組しかいない。私だって、どのグループが何を注文したのかすべて把握している(書かれた伝票は復唱して確認しているし、隣のカップルの注文はふつうに取っていた)。
 ビールとアールグレイの2人連れ、豚の生姜焼き定食とビーフステーキ定食のカップル・・・

 なのに、飲み物や料理ができるたびに、すべて、それをどこへ運べばいいのか把握していないのである。

 空腹だったし疲れていたのだが、あまりのことに、イライラすることも怒ることも忘れ、ただ啞然としつつ、一方では微笑ましく同情してしまうという感じになった。

 これが若いウェイトレスだったら違っただろうか。

 いや、おそらく年齢は問題ではない。ウェイトレスとしての能力はまったく欠如していても、結局は雰囲気というか人柄というか、横柄でもなく投げやりでもなく嫌々でもなく、とにかく上品な柔らかい物腰で、言われたことはやろうとしているのを見ていると、何というか、ほのぼのとした諦観を感じてしまうのである。

 たぶん、それは、能力の欠如した若いウェイトレスであっても同じだったと思う(もっとも、これほど仕事のできない若いウェイトレスに今後出会えるとは思えないけれど)。

 むしろ、会話にならないロボットのようにしゃべりながら嫌々仕事をしているウェイトレスに出会う方が(しばしば出会う)、徒労感は強い。
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 このちょっと変わった店、外観を見たときから家人が妙に気に入っているので、滞在中におそらくもう1〜2度は行くと思う。

 その時にあのご婦人に会えなければ、おそらくは人生で1回きりの、空前絶後のウェイトレス体験になるだろう。