◆マインツの迷宮

 アルツハイマーの症状を隠してER(緊急救命室)に勤務するローレンス医師が、病院の駐車場に駐めた自分の車を探せない場面を見て突然思い出した。

 数年前、一つの夢であったヨーロッパドライブ(アウトバーン!)を初めて経験した次の日、駅前の地下駐車場に前夜駐めた自分の車の位置がどうしてもわからなかったのだ。
 場所はコブレンツだと思っていたが、調べたらマインツだった。今考え直せばマインツに決まっているが、高校の地理だかで2つセットで習い、具体的なイメージのないまま名前だけが脳の奥底に沈潜しているために、実物を経験した今でも混同するようだ。

 いくら探してもない。焦って広大な駐車場をかけずり回った。人っ子一人おらず、朝とはいえ何となく不気味でもある。不思議と、盗難にあったという可能性はそれほど考えなかった。十数年ぶりのヨーロッパ初日とも言える日が、マインツの迷宮をさまよい歩くことで始まろうとは思わなかったが。
 もしかすると15分以上探したかもしれない。やっと見つけても焦りからは解放されず、ホテルで心配して待っているであろう家族のことを考える。そんな心理状態で車を動かすと、ろくなことはない・・・

 マインツだったかコブレンツだったか確かめるために見た当時のメモには、そもそも徒歩で駐車場に入ること自体に苦労したという記述がある。どの入り口も閉まっていて、入れる入り口を探しているうちに方向感覚を失い、駐車場に入ったときには既にわけがわからなくなっていたのだろう。

 思わせぶりなタイトルで申し訳ない。

 初日に見たマインツは、素敵な観光地区を出るとちょっとうらぶれた感じのするこぢんまりした街だった。歴史を感じさせる駅は大規模な工事中で、売店で道路地図を買った。日本人の女の子2人連れが駅で何か困った様子をしていたが、少し考えて、やはり声はかけなかった。
 翌朝はやっとのことで迷宮を脱出し、コブレンツを経てトリアーに向かった・・・

 懐かしい。
 ヨーロッパはいつ思っても、少し弱々しい日射しとほのかな哀愁の中にある。