●小さな不愉快

 たぶん恵まれているのだろう。客観的に見て本質的に不愉快になるようなことはほとんどない。いや、もちろん、人並みに?働いていて家庭も持っているのだから、いろいろとストレスの溜まることも少なくはない。体も健康とは言えないし、楽しいことも多くはない。本格的な不幸につながりそうな芽もいくつか出たことはある。
 だが、職場の人間関係に深刻に悩んだり、理不尽な仕打ちを受けたり、どうしようもない不幸を経験したりすることとは、今のところほぼ無縁だ。
 摩擦を起こすことは全力で回避するので、他人と争うこともほぼ皆無、諍いもない。

 でも、だからだろう、たまにちょっとしたイザコザがあると、精神的にとても辛いし、尾を引く。そんなことでなくても、所有物のちょっとした不調や故障で落ち込む。修理に出せば済む程度のことでも、気分が暗くなる。

 特に、信頼関係のない相手とのイザコザは最悪だ。早い話が、電車で痴漢を注意して殺された人だっている。こちらはぜんぜん悪くなくても、相手が低レベルの人間だと、逆恨みされたりすれば何をされるかわからない。ああ、また暗くなってきた。

 今日の小さなイザコザの相手は、信頼関係のない相手だ。しかも、こちらはぜんぜん悪くない。さらに、その言動から相手が粗暴な人間であることもわかった。日常的に言葉を交わすような相手ではないからいいようなものだが、用心するに越したことはない。

 もちろん、こちらも不愉快だった。だが、それよりも、心配が先に立ってしまう。「我ながらいい人だなあ、もっと怒ってもいいのに」と思うと同時に、こんなつまらないことでくよくようじうじするなんて、なんて情けないんだろうなあと思う。

 まあ忘れよう。しかし理不尽だ。どうして被害者である私が気に病まなければならないのか。相手は、勝手に怒って私を責めたり逆恨みしたりしているんだろうなあ・・・
 だが、ああいう手合いにはそれにふさわしいイザコザが毎日のように降りかかっているに違いない。それが自分のせいだと気づかずに人生の晩年を迎えているのだろう。果たして幸せなのか不幸なのか。たぶん、幸せなんだろうなあ・・・ 自分もああいう恥知らずの単細胞であればよかったと思ってしまう。

 ・・・・・読み返すと、こちらが嫌な奴みたいでまた落ち込む。

 でも、怒っても恨んでもいないのだ。ただ相手の逆恨みを心配しているだけ。こんなことでは、どんな不正を見かけても、声を上げることすらできないだろう。それでいいのかもしれないけれど。