●田舎のオーベルジュ

 暇に任せてB級グルメ本など読んでいたら、脈絡なく、この夏にフランスで泊まったオーベルジュのことを思い出した。料理つながり? でも、二つをつなぐ直接の糸が何かは分からない。

 Auberge de Balestié という(最後はeにアクサンテギュ)。こんな所に書くと、千客万来で嬉しい悲鳴・・・ということにはならないだろう。何しろ遠いフランスの田舎だ。

 強いて言えば世界遺産であるカルカッソンヌに近いが(40kmぐらい)、有り体に言ってどこからも近くない。ミルポワ(Mirepoix)というマイナーな観光地から車で数分、看板だけが畑の中にポツンとあるので、脇道へ入っていく。ちょうどお馬のお通りで、遮断機(手でかけるロープだ)が降りて、オーベルジュに近づけない。そんなロケーション。

 その前の晩、ホテルの陰すらないスペインの高原を延々走って、9時ごろやっと安宿を見つけることができた教訓から、ちょっと早いが泊まることにした。

 宿自体は新しくないが、内装が綺麗だ。清潔そうなシャワールーム。どうですか? と言われて、Très bien ! と答える。
 すごく気持ちのいい応対で、夕食も楽しかった。溜まっていた洗濯物のことを相談すると、家族で使っている洗濯機を使うよう熱心に勧めてくれたりもした。

 これまでの旅行の中でも、なぜか記憶に残るホテルの一つだ。

 典型的なフランス人顔のご主人なのだが、どうもフランス語がネイティブぽくない。英語にもどこか違和感がある。東欧の出身とかだろうか。どんな人生だったんだろう?

 帰りがけ、記念写真を一緒に撮ってくれるように頼み、ついでに思い切って聞いてみた。なんと、イギリス人だという。早く言ってよ。トレビアン!とか叫んでいた私がバカみたいではないか。
 なんと、宿を始めて2か月(TWO months !?)だそうだ。道理で内装が綺麗なはずだ。イギリスでの仕事を辞め、財産をすべて処分してここに来たという。こんなフランスの田舎に? 子どもたちはまだ、小中学生だというのに。
「残りの人生、ここでオーベルジュをなさるんですか?」「さあ、残りの人生といっても、すごく長いですからね・・・」
 うん、40代前半ぐらいに見えた。ぼくと同じぐらいだ。でも、ぼくの残りの人生は、たぶんそんなに長くはない・・・

 平凡ならざる他人の人生に人一倍興味のあるぼくは、もっといろいろ話したかっのだが、ただの一夜の客だ。また機会があったら(あるんだろうか?)泊まって話を聞いてみたいと思う。

 さっき、ウェブサイトを見つけた。フランス語だけだ。英語版を作るのに何の苦労もないだろう。日本人であるわれわれもあれほど歓待してくれた。なのにこの潔さは何だ? ますます再訪したくなった。
 (後記:その後、英語版もできています。)