★弁護士からの電話

 昨日夕刻、家に電話がかかってきて、留守電に声が入り始めた。だれかからの電話を待っているとき以外は原則として出ないことにしているのだ。

 相手がしゃべり始めてから「すみません、お待たせしました」と出ることもある。申し訳ないとは思うが、かかってくる電話の9割くらいはセールスなので、エネルギーと時間の無駄を避けるためには仕方ない。
 身内用には別の番号がある。

 「弁護士の○○と申しますが、お昼にお電話した件で」とか言っている。間違い電話だと確信した。うちに弁護士からいきなり電話がかかってくるなどありえない。かかってきたとしたら、間違いか詐欺かだ。
 だが、「私ももうすぐ事務所を出ますので明日午前中にでもこの番号へ折り返し」というあたりで、慌てて出た。
 何か大事な用件を、間違えてうちの留守電に残したことを知らせなければと思ったのである。

 ところが、出た途端に切れてしまったので、仕方なく留守電を聞いてみることにした。確かにお昼にも1件入っている。

 意外なことに間違い電話ではなかった。録音を聞いて不思議な感じはしたが、内容から推して本物であるのは間違いないと思えた。

 何でも、恩師の一人に贈ったお花が自分の弁護士事務所に届いているので、どうすればいいか指示をくれという話だった。
 間違えて配達されたというのではない。その弁護士が恩師の任意後見人になっていて、すべての郵便物などが弁護士事務所に届くようになっているというのだ。
 それはすなわち、恩師が当事者能力を失っているということを意味する。

 花は家人が贈ったし、家人の方が恩師と親しいので、家人に電話してもらった。

 弁護士の話によると、入っていた施設の居室で倒れ、一時は人事不省になっていたが、今は意識があるということだった。特に重大な疾患があるというわけではなく、老衰ということらしい。御年90である。
 身寄りがないのでかなり前から高級な施設に入っていらしたが、ずっと水泳を続けていて、泳げば今でも私よりは速いのではないかと思っていた。しかしながら、やはりというか、寄る年波には勝てないのだ。

 ずっと以前、たぶん十数年も前に「書くものがすべて遺書になっていく」というようなことをおっしゃっていて、その時は切実なものとして感じられなかったが、やはりいつかはこうなる日がくるのだ。もはや書くこともままならないだろう。

 恩師を思うとき、「端然たる紳士」という言葉が浮かぶ。任意後見人を選任してきちんとしようとなさるあたり、いかにも先生らしいという気がした。

 まだまだ、とは思うものの、これからもずっと、というわけにはいかない。

 それはわれわれだって同じだ。・・・無常である。