★森山大道のモナリザ

 森山大道の写真展を見てきた。

 入場料を払ってだれかの写真展に行くなんて、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。

 そして、案の定というか、残念なことに、ただの一枚も心に響く写真が見いだせなかった。
 その逆に、「何じゃこれ?」という作品には事欠かない。そもそも何を撮しているのか皆目見当もつかないもの、被写体がボケてブレた、粒子の粗い白黒写真・・・

 その中で、ほとんど唯一「これは」と思ったのは、例の野良犬の写真だ。

 私のように、写真にも芸術一般にも縁のない男でも、知っている可能性があるただ一つの写真。

 なるほど。これは「モナリザ」なのだなと思った。

 レオナルド・ダ・ビンチが描いた他の絵をご存じだろうか。もしかすると賢明な読者は即座に複数の絵画の名前を挙げることができるかもしれない。
 だが、多くの日本人にとって、ダビンチが描いたのはモナリザだけであり、私自身、今ほかに思い浮かぶのは、「最後の晩餐」ぐらいだ。

 ルーブル美術館では、すべての絵画の中でモナリザだけが完全に別格の扱いをされ、たとえば私が最初に訪れたときは、一枚だけ特別な小部屋?の奥に飾られ、ガラスとロープを隔てた場所から他人の背中越しにのぞき見るしかなかった。
 そして、押し寄せる人並みを捌くために定期的に照明がつけたり消したりされていた。真っ暗で何も見えなくなると人々はそこを離れ、また別の集団が前に陣取る。すると、また照明がつけられるのだ。

 暗くなったときに、ある男性の発した言葉が今も忘れられない。
 「とにかくこれで本物は見たな。次行こ」

 ともかく・・・

 森山大道を紹介するビデオ映像を見ていると、この「野良犬」が登場したが、それが裏焼きに見えるのが気になった。左を向いているはずの犬が右を向いているのだ。
 別の写真なのかなとも思ったが、その後、裏焼きの?写真がボディにプリントされたカメラなんかが展示されているのを見て疑念を持った。光の当たり方を見ていると、同じ写真の裏焼きとしか思えないのである。

 もしかしたら、よく知られたことなのかもしれない。あるいは、ただ私が何か勘違いしているだけなのかも。

 だが、モナリザのモデルが実はダビンチ自身だとか、弟子の男性だとか言われているのと似ているような気もする。素人ですら気になる作品には、伝説がつきまとうのだ。