■忠実な執事?

 朝の早い家人に、くらーい声で起こされる。

 夢うつつの中、わけのわからぬ猛烈な不安がこみ上げ、何もかもだめだというような気分になる。

 ああいうのはいったい、どういう作用によるんだろう。
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 目が覚めて、現実はそれほどひどくないということに少しだけ感謝する。

 家人の車のエンジンがかからなくて出勤できないというのだ。そのぐらいのことなら、やるべきことを順番にやっていけば何の問題もない。

 すぐに着替えて、自分の車で家人を職場に送る。こういうアクシデントがあっても、余裕たっぷりに間に合うのだから大したものだ。何時に起きてんねん?
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 セルがぜんぜん回らないし、助手席が半ドアになっていたというので、間違いなくバッテリー上がりだろう。室内灯がついていたのだが、昼間だったのでわからなかったのだ。今どきの車なら自動で消えるのだろうが、なにせ10年以上前の軽自動車である。

 帰宅してからエンジン始動を試みるが、そもそもインパネに灯が入らず、ドアのインジケーターがごく薄い影のようにかろうじて赤く見えるだけだった。セルは一切の音すら立てない。

 だが、私の車のバッテリーと繋ぐと、あっさりエンジン始動。そのままアイドリングにしておき、朝食などを済ませる。
 支度が終わったころにいったんエンジンを切って、再度ふつうにかかればそのまま使い続けようと思っていたが、調べてみると前回のバッテリー交換から3年半が経っている。軽自動車だし、安かった記憶があるので、交換することにした。

 一度切って再始動を試みると、セルも元気に回って無事エンジンがかかった。こんなに快調ならやっぱりこのまま使おうかとも思ったが、車音痴の家人が乗るし、どうせ近々交換ということになるだろうから、これを機会に替えることにした。
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 夕刻、「明日はどうやって出勤しよう?」と心配しているはずの家人を、家人の車で迎えに行く。

 朝死んでいた車がふつうに動いていることは、話題にも上らない。水を向けると、「すっかり忘れていた」という。

 「朝、送ってくれたとき、「車のことは心配しないで忘れておけばいい」って言ってたから、ほんとに忘れてた」そうだ。

 いや、確かにそうは言ったが、わざわざ私が職場まで迎えに行っている理由は、じゃあ何なのだ?

 家人の車が動かなくても、彼女の仕事にはまったく何の支障もなく、仕事が終わるころにはもう直っている。
 私の車で同じことが起こったら、まったくこうはいかない。

 私にも、私のような忠実な執事 兼 使用人がいてくれたら・・・と夢想する。