◆フロリダのオレンジ男

 夕食後、名前のわからないオレンジのような果物を食べていると、ふと、大昔のフロリダで会った「オレンジ男」のことを思い出した。

 思えば、ちょうど20年前の今ごろということになる。

 夫婦としては初めての海外旅行にアメリカへ行った。外国で車を運転したのも初めてだった。

 1か月ほどあちこちへ飛んだのだが、目的地の一つがフロリダのディズニーワールドだった。はるばるフロリダまで出かけて、他にどこに行ったかまったく思い出せない。もしかしたら、ほんとにディズニーワールドだけしか行っていないのではないか。
 その時にもらった小さな2つのぬいぐるみは、今も鏡台の左右にかけてある。

 (ここで、当時の旅行の日程表がないかとパソコン内を探るうち、息子が生まれた18年前につけていた日記が出てきて驚愕した。そんなもの、つけていた覚えはまったくない。9か月間ほどで終わっているが、このブログ以前にそんなに続いた日記があったことを今日初めて知った。)

 ともかく・・・

 そのフロリダのホテル(たぶん、トラベロッジだったと思う)で、日本から来たという若い男と朝食の席で一緒になった。というより、向こうからこちらへ寄ってきたように記憶している。

 なんでも、フロリダでオレンジ農園を始めようと思って渡米したそうだ。目標は農場経営である。そのために、まずはどこかのオレンジ農場で働きたいというような話だった。
 だれか知り合いがいるとか、何かあてがあるのかと聞くと、まったく何もないという。それでこれからどうするんだろうとその蛮勇に感動していると、ウェイトレスがやってきて朝食をどうするかと聞いてきた。

 男は英語が話せないからと私に通訳を頼むのだが、卵をスクランブルドだとかそういうのはいいとしても、「飲み物は?」と聞くと、「オレンジジュースを頼んでくれ」と言われたのには驚いた。

 そんなもの、「レンジジュース」と「オ」を強く言えばそれですむことではないか。プリーズぐらいつけてもいいかもしれないが。

 ウェイトレスが去ってから聞くと、「オレンジジュースを頼んで通じたためしがない」ということであった。

 ・・・その英語力?でひとりフロリダへやってきて、ここでオレンジ農場を経営しようとしているのである。

 もちろん、その時に浮かんだのは、オレンジすら発音できないことをバカにする気持ちではない。そんなものはまったくなく、むしろ、それで単身アメリカへ来て、オレンジ農場経営者になろうという野望を抱けるその勇気と行動力への感嘆だ。

 この男なら、実際、できるのではないかと思った。何となれば、「オレンジジュース」と言って通じないのに、めげている様子すらないのである。朝食すら英語で頼めない自分を恥じている様子もない。むしろ、初めから通訳を頼むつもりで日本人旅行者に近づいて来たようだった。

 成功するかしないか、大物になるかならないかの違いを教えられた気がした。

 もっとも、彼がその後どうなったかはまったく知らない。まもなくしっぽを巻いて日本に逃げ帰ったかもしれない。
 しかし、私には何となく、アメリカのどこかでうまくやっているような気がしている。もしかして、フロリダで日本人の経営するオレンジ農園が今あるとすれば、それはアラフォー?になった彼のものかもしれない。